RUNだむ日記+plus!

還暦過ぎて腰も痛いので、よろよろ走ってます! RUNだむ日記【Returns!】もあります。

江別たまゆラン

今日はいつもと気分を変えて、「北のたまゆら江別」の駐車場から、たまゆラン(スーパー銭湯たまゆらを起点のランニング)をスタート。

 

 野尻牧場というらしい。

 

 

道道46号線へ出て110号線を右折して46号線5丁目通を左折。そして国道275号線で新石狩大橋を渡って当別方面へ抜けようとしたが、橋に歩道がなく断念。仕方なく手前の川沿いを走ることにした。対雁通というらしい。そこから石狩大橋を渡って美原。バイパス横の農道みたいな道路をのんびりと走って美原大橋を渡る。

 

 

  

 けっきょくルート変更により当別へは行けず(行かず)、予定よりも大幅に距離が短くなって、ジョグノートの記録によると20kmだったが、いくらなんでも短かすぎるなあと感じたので測り直したら22.3kmだった。薄曇りでGPSが拾いにくかったのか? 走ったルートを辿ると僕はなんと川を泳いでるようだし、ズルして12号線もショートカットしてるしめちゃくちゃ。だけどまあ、おだやかなラン日和だったのでそれはなにより。温泉に入って、昼めしを食べて、休憩室でストレッチ。残念ながら車だからビールはなかったが、帰宅後には缶ビールを2本ごくごく。で、めでたしめでたし、幸せな一日であった。

 

北広島ロードレース/15kmだけど

630日日曜日は、北広島ロードレースだった。

メインは30kmレースなのだが、僕が走ったのは15km。ほかにも5kmとかファイターズランなどがある。

 

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中途半端な距離ともいえるが、今年は久しぶりに北海道マラソンにエントリー(3年前に道マラは引退したんだけど、ついポチってしまった。今年の開催は825日)しているので、2ヶ月前のいま現在はレースでどんなふうに走れるのか確認しようと出場した。あまり意気込まずに走りたいが、しかし無理をしない範囲でふだんのジョグとは違うモードでちゃんと走ろうとは考えていた。

 

本当はこの1ヶ月後つまり7月末に釧路湿原ラソン30kmを走り、8月の本番1週間前には10kmレースにでも出てスピードも上げて、などと考えていたのである。だが釧路は宿が取れそうもなく、そうこうしているうちにエントリーしそこねてしまった。だんだんエントリーできるレースもなくなってきているので、もしかするとこのあとは大会に出ることなく本番になってしまうかもしれないが、まあそれでもいいか。何本かLSDなどを入れつつ少しは走り込もう。

 

それはさておき、昨日までの天気予報が変わり当日朝の予報では傘マークがなくなっていた。昨夜のうちは雨が前提の準備をしていたので、起きてからウェアなどの準備をし直した。 

北広島へは、いったん地下鉄で札幌駅まで出て快速エアポートで向かうことにした。駅からはエルフィンロードを会場の北広島総合体育館まで徒歩にて15分。 

受付でゼッケンなどを受けとる。参加賞は長袖Tシャツ、「きたひろ畑のプディング」というスイーツ(じゃがいも、かぼちゃなどを使ったもの。バターをのせて温めて食べたらとても美味しかった)、ペットボトルのお茶。この大会には第1回(たぶん18年前の2013年)開催時にも出場しているが、そのときも参加賞は長袖Tシャツだったと思う。多くの大会が半袖Tシャツか大判タオルが多いので長袖はうれしい。今回は紺色で大会名等が背中側の裾にプリントされている。 

 

15km30kmは同じ場所から左右にわかれて同時スタートする。JR千歳線札幌方面の左側(北海道日本ハムファイターズの新ボールパーク建設予定地の「きたひろしま総合運動公園」)を1km程度走り、ランナーがばらけて縦に長くなったころエルフィンロードに入る。

余談だが、第1回大会のあいさつで故町村信孝氏は「エルフィンロードは私がつくった」みたいなことを言っていたっけ。

エルフィンロードは我が家またはスーパー銭湯たまゆらを起点に、ランニングシーズン中はなんども世話になっているが、大会で走るのと一人で走るのとは趣きがまったく違う。

エイドは3kmごとにあるので給水の心配はない。だがサイクリングロードだからコースはそんなに広くない。むしろ狭い。河川敷コースのように腕や肩の接触もたまにあるし、スムーズに前に出れないこともある。だからといって、そんなにタイムに影響はないと思うが、たしょうストレスには感じる。もっともお互い様なのは言うまでもないが。 

 

走っているときの出来事などはたいしてない。コンサドーレのレプリカ着用ランナーは僕より速い方が二人か三人、遅い方も同じくらいいた。もちろんファイターズユニもおおぜいいた。それ以外のいわゆる仮装ランナーは見かけなかったが、禁止になったのかな。あとは、大河ドラマ「いだてん」放送中のせいか、“すっすー、はーはー”と呼吸しているように聞こえる方が数名いた。そういう僕もときどきやってたけど。 

腕時計を忘れたというか、していなかったのでまったくペースは分からなかった。自分の感覚としてはキロ6分から6分半のあいだで終止走ったつもりだったが、ゴールして記録症をもらうと1時間376秒だったので6分半弱といったところ。ほんとうはもうちょっと速く走りたかったな。 

 

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風呂は北広島クラッセホテルの「楓楓」へ。駅前からシャトルバスが出ているのでそれに乗る。10分ほどで着いた。700円也を支払いゆっくりと湯につかった。風呂上がりにはもちろん生ビール。サッポロクラシックなのが、コンサドーレゆるサポとしてもうれしい。だが、かき揚げ蕎麦を食べて、さあ駅に戻るかと帰りのバス時刻を調べたら発車までもう時間がない。食べ飲みする前に調べておけという声が聞こえる。

急いでホテル前に行ってみたが2分ほど過ぎていた。バスなんか遅れるのがふつうだからと、タカをくくっていたが数分待っても来ない。やっぱり定刻で行っちゃったのかしら。次の便は50分後なのだ。

僕は基本的に待つのが嫌い。仕方ない、やれやれと思いながらも歩き出していた。たぶん5kmだったよなー、遠いなーと思いながら。バスに乗っても歩いてもかかる時間は変わらんなーと思いながら。途中の路線バスの時刻表もチェックしながら歩いた。タイミングよくバスが来たら乗ってしまおうと目論んでいたのに路線バスも来ない。

 

天気はよい。速歩きだからうっすら汗をかき、リュックの背中も汗ばむ。また風呂に入りたくなってきた。シャワーでもいいけど。

けっきょく温泉から駅への5kmと合わせると、ハーフマラソン程度の距離を踏んだことになる。なので良いトレーニングになったことにしよう。そうしているうちになんとか駅に着いたが、札幌行きの列車に空席は少なく、僕の席はなかった。

ちなみにこの日はサロマで100キロウルトラマラソンが開催されていた。合計20kmなんて屁みたいなものではある。


おしまい。

旅のラン/福島町

もう9日前のことで今更と思わないでもないが、ま、記録なので6月20日の旅のランをアップしておくことにした。

 

北海道松前郡の福島町は横綱の里である。

千代の山千代の富士と二横綱の生まれた町なのだ。今回はここで仕事があり一泊した。例によって、スキあらば出張ついでに走るのは僕の使命である。今回は二日目の早朝に走ることができた。

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例によって、とくにコースを決めて宿を出たわけではないので、まず向かったのは青函トンネル記念館だ。といっても早朝だから、もちろん館内を観ることはできない。しかし敷地内には、海峡の海底調査に活躍した北大水産学部潜水艇くろしおやトンネル掘削の大型機器などが展示されていた。目の前のバス停もトンネル仕様?である。

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マチのほうに戻って横綱記念館に行ってみる。正面入り口横には、両横綱の土俵入りの像が向かい合っていた。外階段には序の口から横綱までの説明や両横綱の出世ストーリーがパネルに記されている。青函トンネル記念館もここも、昼にはまた来て、ちゃんと中を見学するんだけどね。どちらも体験できる展示もあり充実した施設だ。

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そのあとは町なかを南へ、港方面へと少し真面目に走った。獲れたてのイカを朝一で販売する車が超々スローで道路を走っている。僕よりも遅いスピードで。

イカイカ・・・イカイカ・・・」とスピーカーで繰り返していた。信頼できるスジから聞いたところによると、昔は「イガイガ〜、イガ〜」とはっきり訛っていたという。しかしその販売車が実際に販売するところに遭遇したので話を聞いてみると、売っている方も買っている方もしっかり訛っていたのでホッとしたのだった。

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国道228号を2kmほど走ったあたりで漁港に入り、朝日を眺めながら戻ることにした。海沿いで海抜が低く裏山がある地域にはよくある津波時の避難階段がところどころにたくさんある。それを使う機会がないに越したことはないなあとは思う。

まっすぐ宿に戻るよりももう少しだけ走りたかったので、福島川にかかる横綱橋と呼ばれる橋を渡ってから折り返した。千代の富士の手形などをモチーフにしたデザインの橋だ。

けっきょく例によってたったの4キロちょっと程度の旅のランではあったが、散歩みたいなもんだから良いのである。

 

 

 

 

 

旅のラン/グアム

次男がグアムで結婚式を挙げることになり、4月18日お互いの家族が南の島に集まった。

 

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二日目に海の見える教会(ルース・デ・アムール チャペル)で式を挙げ、三日目に海に出てスキューバダイビングやイルカウォッチングなどで遊んだ。僕たち夫婦とお嫁さんのお父さんは船上で大人しくイルカ探し、ほかのメンバーはアクティブメニューを楽しんだ。

四日目は島内をJTBの観光バスでまわり、太平洋戦争での日本軍との激戦の跡地や熱帯魚の見えるアクアパークなどを見学した。ホテルのプールやビーチは、あいた時間に楽しんだ。

 

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僕は旅に出ると仕事にしろプライベートにしろ、時間があれば走ることを信条としている。今回も息子の結婚式とはいえ、走る準備は滞在日数分用意してきた。初日は夕方に走ったが、観光客がそぞろ歩いているのですこし走りにくかった。ランナーも多少はいる。気温は27℃、湿度は70%程度だから、我慢できないほどではないが蒸し暑い。

二日目は結婚式なので走る時間は作れなかった。三日目は朝のうちに走った。するとランナーがすごーくたくさんいた。人種も多彩。日本人やコリアンはじめアジア系がやや多い気もするが、地元民っぽい方、グアム駐留USアーミーっぽい方含め屈強そうなアメリカ人がいっぱい。なんとなく目が合って、あいさつができる方もいる。ハローとかグッモーニンとか。四日目はやっぱり朝のうちに、今回ここで結婚式を挙げた次男と一緒に走った。世間一般的な妻の取り扱いについてレクチャーしておいた。

 

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街並みは色使いの綺麗な建物も多く、樹木や花にしても南国らしさに溢れ、文字どおり日本にはない非日常空間を味わいながら気持ちよく走ったのは言うまでもない。雨の心配もほぼないし、滞在中もほんの少しの通り雨があったくらいだ。

けっきょく合わせても11kmほどしか走ってないのだが、旅のランは散歩気分のジョグだからいいのだ。

 

あと東京に独身の長男がいるんだが、いったいいつ結婚するやら分からない。そもそも相手がいるのかいないのかも不明である。

旅のラン・2DAYS滝川

出張にからめて、時間があれば散歩的に走る「旅のラン」。

今回は滝川に行った。初日の昨日は思ったよりも早く仕事が片付いたので夕方にすこしだけ走った。たったの3kmだけど。

 

今朝のほうが時間をとれるのは分かっていたので、昨日は走らなくても良かったのだが、なにしろすこし汗をかいたほうが風呂も気持ちいいし、なによりビールが旨いじゃないか。という理由で走ったのである。それと滝川は石狩川空知川に挟まれたまちなので、両方の川を見てみたいなと思ったのだ。すなわち昨日は空知川を眺めに空知大橋までを往復などで走り、今朝は雪解けの豊かな水をたたえる石狩川の様子を石狩川橋でチェックしてきたのである。誰に頼まれたわけでもないが。

 

橋の上から見ると、河川敷の小道は氷雪混じりながらもなんとか走れるのではと思ったものだから行ってみたのだけれど、ぜーんぜんダメだった。そもそも黒く濡れたように見えていたのは砂利道だったし、上から見えていた範囲の向こう側はその道らしきものがどんどんなくなっていったのだ。積雪にしろ氷にしろ硬さがあればまだしも、緩いものだからじゅくじゅくとシューズに水が浸みてくる。やがて水没しなければ前に進めなくなってきたから、引き返すか、道を外れて雪原に入るしかなくなった。もちろん僕の辞書に後退という文字はない。しかし、とうぜん走れるわけがない。つぼ足でずぼずぼと前へ一歩ずつ歩く。

 

やがて目の前にゲートみたいなものがあらわれ、そこを超えるとアスファルトが露出した道につうじた。そこからはようやく快適なランになり、昨日飛行機に乗せてもらったスカイミュージアムにたどり着いた。あとは市街地にでてホテルまで戻ったのだった。8kmなり。

 

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空知大橋からの空知川

 

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石狩川橋からの悠久の石狩川

 

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あるように見える河川敷の道

 

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ようするに、ここまでは道なき道だったのさ

 

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中は見学できるスカイミュージアム(有料)

 

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昨日の写真だけど、飛行機やグライダーなど、ところ狭しと収納された格納庫

熊本城マラソン2019 − だいたい走った

なぜ僕がマラソンを走ろうとすると、こうも体調を崩したり、怪我をしたりするのだろうか。昨年の東京マラソン然り、今回の熊本城マラソンもそうだ。思い返せばこれまでの多くのマラソンでもアクシデントがあった。走る前だったりレース中だったりはするが、いろいろな辛酸を舐めてきた。なんだかんだ言って本当は走りたくないんだろうか。マラソンって辛いし。学校に行きたくない子どもはお腹が痛くなるように。

 

師走の26日に布団を敷こうとして発症したギックリ腰。痛みがほぼ治まり、ウォーキングのようなランを再開したのが年明けの9日だった。そこから数回のランを重ね、たしょうは距離もかせぎつつ、ようやく熊本城マラソンへ向けてコンディションを整えようとしていた大切な時期に再び不幸が襲いかかる。自業自得とはいえ、酔っぱらって布団に倒れこんだ際に左手小指を骨折したのだ。どちらも布団が絡んでいるので、布団の呪いかもしれない。

骨がくっつくのに最低3週間くらいと医者に言われたが、固定治療を施してから数えてマラソン当日は19日目だった。けっきょく治りきることはなかったので、左手は包帯を巻いたまま走ることになった。まあ、目立つのでほかのランナーに対する自衛にはなる。

 

宿泊しているホテルからスタート会場の熊本市役所までは数分なので、すべての準備を整えてから出発する。わずかな荷物を預けてすぐにスタート待機列に並んだ。北海道コンサドーレ札幌のレプリカを着ていたので、すぐ後ろにいた方から「札幌からですか?」と声をかけられ、「僕は長崎からなんです、鈴木武蔵をよろしく」と、しばしサッカーの話題で盛りあがった。例によって関係者のあいさつが続くが、市長の「すっすっーはーはーと頑張って走ってください、私は走りませんが!」には笑わせててもらった。日本のマラソンの父、「いだてん」の金栗四三は熊本出身なのだ。


北海道から来ると熊本はもちろん暖かいのだが、路上で数十分じっと待たされているとこの季節はやっぱり寒い。ようやく号砲が鳴り少しずつ前に進み始めると、壇上には石川さゆりさんやくまモンがいて、スタートを見送ってくれていた。

1500人が走るというファンランの待機列もフルマラソンとは少し離れて並列しているのだが、この見送り声援もけっこうアツくて感動した。おそらくフルには家族や友人が走るのだと思う。くわえて遠方からの参加ランナーへもアツいエールを送ってくれているのに違いない。もちろん沿道の応援もびっくりするほど大きい。

 

前日の受付会場で、フィニッシュタイム予想時間を表示して写真を撮ってくれるサービスがあり、いろいろ事情のある僕は、5時間55分00秒で申告した。なので、速く走ろうという気はまったくない。ひたすら完走のみが目標なのである。かといって、チンタラと走っていたのでもない。いま走れるベストを尽くし、より大会を楽しんで帰ろうと思っていた。これ以上のけがを重ねぬよう注意をしながらである。

 

18kmまではだいたい7分を切るくらい、その後は少しずつペースが落ちていった。予想どおり、予定どおりである。そんなワケでレース中のエピソードはラン以外だけになってしまう。途中の給食はほとんど寄っていった。普通の給食のほか地元産フルーツ、スイーツ、くまモンクッキー、大平燕(タイピーエン)などたくさん食べた。

 

何を着て走るか悩んだ末に、やっぱり札幌から来たよというアピールのため、コンサドーレ札幌の赤黒レプリカユニにしたのだが、怪我をしている左手では沿道の子どもたちとのハイタッチができないので、真ん中寄りを走っていたせいもあり認識率は低かったようだ。とくに前半はそうだ。後半、ランナーがすこしバラけてくると、分かってくれる方が増えてきた。それでも東京に比べると「白い恋人」の認知は少ない。胸のロゴを見て声をかけてくれるものの、それが何かは分かってない方が多い気がする。もちろんそれが北海道の有名な菓子と知っていての声援もあった。そもそも熊本にはロアッソ熊本という地元Jリーグチームがあり、そのユニフォームも赤黒のため、間違える方も多かった。「ロアッソがんばれー、あ、違った」である。しかし、当然だがロアッソを応援しているサポーター(レプリカかグッズを身につけている)は、J1の札幌のユニは分かってくださる。うれしい。

 

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ファンランの列からも大きな声援をいただく

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石川さんは熊本の歌(火の国へ)を歌った縁での応援大使かな

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北と南の赤黒の仲間です

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人の応援してる場合じゃないんだけど

 

沿道の応援が途切れる場所ではカカシがおおぜい応援していた。例によってスタッフ(もちろん女子高生)に写真を撮ってもらったり、ロアッソ熊本サポと交流(熊本で♪We are Sapporo聞けるとは!)したり、太鼓を叩いたり(じいちゃん、ばあちゃんありがとう)しながら楽しく走ったのだった。約6時間も。

 

そういえば、地元テレビ局のHTUだったか、この大会を5時間超も「生中継」していたそうだ。ということは、けっこう遅い市民ランナーまでも映していたんだろうと思う。あとで見ると、ホームページにはフィニッシュの様子も完走タイム別に最終ランナーまでアップされていた。

けっきょくゴールタイムは、5時間55分56秒だった。あと1秒速ければ5が5つ並んだのに残念だ。完走証やメダルのほか、みかんなどいろいろなものをいただいた。荷物を受けとったあとは足を引きずりホテルへ直帰。風呂とストレッチを済ませるとベッドに倒れこんだのだった。おしまい。

 

骨が折れたんだけど – Road to 熊本城マラソン2019 – 2

骨折した。 

 

3週間後に熊本マラソン2019が開催だというのに骨折した。

 

左手小指付け根の関節が、ずれるように難しく骨折しているとレントゲン写真が物語っていた。骨まであらわに見せた手のセルフヌードを看護師さんに見られたので、ちょっと恥ずかしかったが、そんなことを言っている場合ではない。痛いのである。

 

3日前の土曜日にラン仲間との「うどんラン」(走ってうどんを食べて、また走って温泉に入ってから酒を飲む、という毎年恒例の冬のイベント)を楽しんだのだが、今回はちょっと飲みすぎて(2軒連続飲み放題みたいな酒)帰宅した僕はフラフラだったようだ。家人曰く、過去フラフラ帰宅3本の指に入る状態だったらしい。つまり真っすぐには歩けず、壁や棚に手をつきながら、最後は布団にばたーんとうつ伏せに倒れこんだというのである。僕が覚えていないので、嘘を言っているに違いないと思っていたが、あとから考えるとたぶんこのときに指を突いてしまったのだろう。

 

夜中に目が覚めたらひどく小指が痛かった。触ると腫れている。あー突き指か〜とガックリしたが、まだ酔っ払っていたので、小用のあとまたすぐに寝てしまった。シアワセなものである。ところが朝目覚めると、やっぱりまだ激しく痛い。これは医者に診てもらわねばと思ったが、残念ながら日曜日なので病院は休みだ。かといって整形外科の救急病院を探してでも行くほどではないか、と一日我慢したのだった。

 

翌朝一番で近所の病院へ行き、レントゲンを撮ると骨折が判明した。そう聞くと急に痛みが増すのはなんでだろう。しかし先に書いたように、小指付け根の関節がずれるように難しく骨折しているというので、手を専門にしている病院で診てもらったほうがいいと医者が言う。仕方がないので紹介された病院へ午後の予約を入れてもらった。

 

その病院では、治療方針として手術を積極的に勧められたが僕は断った。切られるのはイヤなのである。ギプスなどの固定治療を希望していたのだ。この状態の骨折で、固定治療での治癒後のデメリット(もとどおりにはならない可能性、変形で固まる可能性、小さな痛み・痺れが残る可能性があるなどなど)をたくさん言われたが断りとおした。たとえ指がすこし曲がってしまったとしても、きれいなグーが握れなくなっても、彼女と小指をじょうずに絡められなくなってもやむを得ない、と僕は考えたのだ。

 

固定治療ならどちらの病院で治療しますかと訊かれたので、自宅に近いもとの病院を指定し、今日そこで固定治療を施していただいた。これで3週間ほど固定する。そうよ。つまり熊本マラソンまでほぼ固定である。ちきしょー、グレてやる。

 

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来週中に経過観察としてレントゲンを撮り、様子をみることになった。お医者さんに熊本マラソンを3週間後に走るんです、軽いジョギングくらいなら走ってもいいですかと訴えたら困った顔をされてしまった。でも、ダメとは言わなかったぞ。2月17日までには、ちょっとくらいは走るんだ。

 

念のため痛みどめももらったし。