RUNだむ日記+plus!

還暦過ぎて腰も痛いので、よろよろ走ってます! RUNだむ日記【Returns!】もあります。

今日はすこし遠回りで帰宅ラン

「RUNだむ日記+Plus」なのにランのダイアリーが少ない。

 

じゅうぶん承知している。いろいろと走れない事情があったので、まあ仕方がないと思ってはいるが、ゴールデンウィークを過ぎてようやく走れるようになってきた。

家人の骨折・入院にはじまり、仕事の繁忙期、自身の腰痛・帯状疱疹ときての走力減退があったので、ゼロとは言わないが、ほとんどイチからのランを8日から再開し数日おきに走っている。

 

昨年還暦も迎えたので、以前はたまに走っていた「早朝」ランを今年からはやめようと思っている。目を覚ましてすぐに走っていたのだが、それは心の臓とかにあまりよろしくない気がしてきたのである。かといって少し時間をおいて走るほどの時間的余裕はあるわけがない。仕事があるのだから。

 

そんなわけで今年は週末のランに加えて、平日の帰宅ランを週一くらいでやろうかなと考えている。今日も走って帰ってきた。先週は会社から最短距離で6.6km、今日はそれよりもちょっと遠回りした。はじめて一条橋経由で南郷通からの白石サイクリングロード入り。会社を出たのは6時だがこの時期なのでまだまだ明るい。

 

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東札幌1条2丁目。実質的な白石CRの起点。

 

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桜その一。上から目線。環状夢の橋(いま調べて初めて名前を知った)。

 

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桜その二。下から目線と月。

 

仕事帰りでサイクリングロードを歩いている人もけっこういる。もちろんランナーやウォーカーや犬の散歩もたくさん。ココロ穏やかになる夕暮れどきだ。

 

今年は10年以上参加していた洞爺湖マラソンをやめ、函館マラソンにエントリーしている。6月26日まであと39日。しかない のではあるが、別に自己ベストを狙っているわけではない(当たり前だ、ぜったい無理)し、完走さえできればうれしいので、39日もあるとも言える。すこしずつ距離を積み重ねていけばいいのだ。

 

今日はすこし遠回りしたので9kmの帰宅ランとなり、今月トータルで40kmを超えた。月末には100kmまでいくといいのだけど。

 

とうぜん、ゴール(帰宅)後はこうなる。

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お疲れさま!

疲れたカラダとココロに休息を。

49日、「元祖!くりやま老舗祭りに走っていく会2016」に参加し、浴びるように日本酒を飲んだ。このランイベントに僕はまさに第1回から参加している。しかし今年は家人が2月に雪道で滑って転び、複雑骨折で長期入院を余儀なくされたことにより、僕自身も気持的にダメージを受けてしまった。走る意欲が萎えてしまい、ふつうは月に100kmから150kmあるいは200km程度の距離を走るのだが、まったくと言っていいほど走れずに二カ月が過ぎていた。

 

週に1、2回走っていれば20数キロのイベントランはとくにどうということはない。ゆっくりと走るのだし。楽しく会話しながらのランは、距離を短く感じさせてもくれる。

だがこの二カ月ほとんど走ってないのだから、長距離を走る足はできていなかった。長沼スタートの14kmコースにすれば良かったのに、つい例年どおりの北広島スタートにしたため、その前に12kmを走らねばならない。合計26kmだ。けっきょく、まともな走りは前半だけで、後半はほかの方を待たせること数回におよび、たいへんな迷惑をかけてしまったのだ。恐縮しきりなのである。それでも風呂に入り、老舗祭りでは酒を飲み、みんなと楽しい一日を過ごすことはできた。

 

本題はここからである。

このランで翌日から腰痛がのこった。まあよくあることなので、ストレッチで少しずつ回復させていこうと思っていたがうまくいかない。数日後からは湿布を貼った。でも芳しくない。触ってみると右腰あたりがぱんぱんに張っている。しかも湿布に負けたのか、数カ所かぶれているようだ。しかたないので今度は患部をひと晩、冷やしてみた。それでも痛みは去らない。湿布もダメで冷やしてもダメなら、やはり無理せずにストレッチでゆっくりと癒すしかないか。

ところが、数日やってもぜんぜん良くならない。痛みは減るどころか日に日に増していった。

 

昨日の夜だった。

何日たっても良くならない腰を掌でさすっていてふと気づいた。この、ぶつぶつした患部は湿布でかぶれたのではなく発疹ではないのか? 皮膚病の発疹じゃないだろうか。だとすると、これはもしかしてよく耳にする帯状疱疹なのではないか? たまたま右腰に出て腰痛と勘違いしてしまったのでは? 家人にも確かめると同意した。

インターネットでも調べてみると、やはりかなり怪しい。ほぼ確定のような気がする。

 

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そこで今朝は皮膚科に直行したわけである。

受付のお姉さんに提出を求められ、保険証を忘れたことに気づき、とりに帰るという失態はあったが、無事に診察を受けることができた。

ズボンをおろし美尻な半ケツを医者に見せるなり「あー、典型的な帯状疱疹だね」という診断であった。こどもの頃に水ぼうそうを患い、潜伏したウィルスが年月を経て、過労・ストレスや老化などを引金に発症するようだ。運動とアルコールはだめ、栄養をとってカラダとココロを休めることと指導され、飲み薬と塗り薬を処方してもらったのである。

 

家人の手術・入院にともない僕のソフトなココロも痛み、毎日の家事があり、春なので本業の仕事も忙しかった。さらに総務・経理の実務なども加わり、自覚している以上にカラダも疲れ、さらにストレスもピークに達していたのだろう。

 

……などと、酒は飲めないのでお茶をすすりながらブログをアップするのだった。

トホホな一日。

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この手の二段の弁当箱はだいたいそうだと思うが、僕のものも下の箱にごはんを入れ、その上にフタ付きのひとまわり小さい箱におかずをのせ、さらにフタをかぶせるというものだ。写真もちゃんとそうなっている。だがここに至るまでの僕の苦労は誰も知らない。どうもダメな日は何をやってもダメで、勘違い、失敗、物忘れなどが重なり、今日はそれがとくに朝に集中した。
 
カミさんが不幸な骨折(幸福な骨折なんてないが)をして、二ヶ月になろうとしている。昨年夏の左ひざ半月板の手術・入院・リハビリを経てようやくほぼ完治が目の前まで見えていたのに、2月に横断歩道で転倒し同じ左足大腿骨などの複雑骨折をしてしまったのだ。先月末にH病院をいったん退院したが、今月4日から移転新規開院したSクリニックで再検査をうけた結果、初入院患者として集中リハビリをおこなっているのである。
 
前回もそうだったが、一人暮らしの生活はそんなにたいへんではない。もちろん掃除など至らぬところは多々あるが、その他の家事はさほど苦ではない。むしろ食事のしたくなどけっこう楽しむ余裕もあった。が、そうはいってもさすがに飽きてきて、夕飯を作ることはやや少なくなっている。
しかし昼の弁当は相変わらずけっこう作っている。週に3日くらいは作っている。ただ、毎度似たようなもので、ウィンナをタコにするわけでなし、キャラ弁でもない(当たり前だ)し、カラフルとはほど遠い色合いだ。
 
右はさんまの蒲焼き(缶詰)で下にキャベツ煮。真ん中は人参のごま油炒め。左は冷凍食品のカボチャフライとミニコロッケで下に野菜サラダを敷いている。朝からキャベツや人参を刻み、電子レンジやフライパンで調理し弁当箱に詰めたのである。おかずは多めだったはずだが余裕で収まった。つぎにごはんを詰めようとすると、おかず用の小さめの箱しかない。またやってしまった。ごはん用の大きい箱におかずを入れてしまったのだ。これ、前もやってしまったことがある。しかたない。入れ替えることにした。おかずを入れてしまった箱は油まみれなので洗わねばならない。しかも蒲焼きの汁がシャツに飛んでしまったではないか。洗濯機をまわすヒマはない。とりあえず洗面器で予備洗いをし浸けておき、帰宅してから処理することとした。ただでさえ時間のない朝になにをやっとるんだ。
 
一人暮らし中の僕の朝メシはほとんどパンである。トーストが多いがサンドもたまには作る。だいたいは紅茶を飲みながら食べる。今朝も弁当のおかずを作りながら、ほどよいタイミングで紅茶を入れた。できる男は時間をうまく使わねばね。
バターとジャムを冷蔵庫から出して準備する。さてパンを焼くか。
 
あっ! ……パンがないではないか。先週もやったのに、またやってしまった。
しかたがない。ごはんにする。
さいわい、弁当のおかずを小さいほうに入れ替えたので少し余っている。これをおかずにできる。明太子のり(江戸むらさきみたいなの)もあったし。味噌汁かお茶をいれようと思ったが、せっかく入れた紅茶があるので、むりやり紅茶でご飯を食べた。ちょっと微妙だったがそれなりに美味しく朝ごはんをいただいたのであった。
 
新聞の天気予報は午後遅くから傘マークだった気がしたので、家を出る際にあわてて長い傘を持った。しかし、出勤途中ほとんど誰も長い傘など持っていない。おそらく折りたたみ傘はバッグに入っているかもしれないが。しかも僕は会社にいつも予備の傘を置いているのである。思考能力ゼロだ。
 
朝はそんなことがあったが、お昼の弁当は無事にすませた。
とはいえ、後からよくよく考えると別にごはんはその小さめの箱に入れても良かった気がする。たしょう炭水化物が少なくても何のモンダイもないじゃないか。なんだったのだろう、朝のドタバタは。
 
午後は経理と総務の仕事で銀行とデパートに行った。出かける前には、用事が済んだらたまにコーヒーでも飲むかと思っていたのに、すっかり忘れてまっすぐ会社に帰ってしまった。
 
僕が帰宅する時間帯に雨はけっきょく降らなかった。長い傘は無駄になったのである。
もう今日という日はなかったことにしたい。
が、あまりに情けないので日記に書き留めるのであった。

 

ふたつの自問

 自分は何歳まで生きるだろうと考えることがある。
 
 人は誰でもそういうことを考える。犬や猫は考えない。いや、猫は考えてるかもしらん。薄目を開けて哲学的な思考に耽っているところを邪魔すると、さも軽蔑するような仕草で無視されたりする。寿命について考えていたのかもしれない。
 

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 僕はこどもの頃「死」が怖かった。今でも怖い。しかし誰も死ななきゃ地球は人で一杯になってしまう。日本は小さな島国だから、はやい段階で人間が溢れ、確実に海岸線からドボドボとこぼれていく。そうなったら困るので、生まれたら死ななければならない。
 
 そこで、冒頭の「自分は何歳まで生きるか」である。つまり何歳で死ぬかだ。もちろん分からないし歳の順でもない。金を持っていようが、いい人だろうが、犯罪者であろうが関係ない。長距離を走るのが好きでも嫌いでも、好きな人がいてもいなくても、死ぬときがきたら死ぬ。どんなに健康に気をつけていても平均寿命より早死にすることはある。
 
 同じような自問で、何歳まで働くかというのもある。経済的な問題だけなら、もともと恵まれた家系の方や、がんばって財産を築いた方は悠々自適、思いのまま暮らせばよいし、そうでなければ歯を食いしばって働くしかないのだがそれだけではない。なにしろ、いきがいとか使命とか面倒くさいことも絡んできたりする。僕の場合は超零細だが経営をしているので、この会社をどうするかというモンダイも大きい。会社をたたむのはタイヘンだ。M&Aだってもっとタイヘンなのである。
 
 還暦を過ぎたからこのふたつの自問は、じっさいは隣り合わせである。望んだ訳ではないが生まれてきて今日まで生きてきた。人生の意味を深く考えれば考えるほど、意味はさほどない、という答えに辿りついてしまう自分がいる。猫より劣るかもしれない。せっかく生まれてきたんだから楽しんでいけば? と人ごとのように思ってしまう自分がいる。
 そんなニヒリズムにも似た思考から導きだされるものはたいした結論ではない。そもそも先の問は自分で出せる答えはないし、後の問はけっきょく、自分が決めるしかない。
 
人の生きざまや死にざまを本で読んだり、テレビで見たりすると我が身を省みる。しかし無名の男がただただ、あがいて生きているだけである。
 
今夜はしとしと春の雨。ぬる燗が旨い。
 
ひっく。

 

やさしい気持ちとやさしい春。

今日はいろいろと忙しく、あっという間に一日が過ぎた。

なにしろ月末である。

吹けば飛ぶ超零細企業でも支払いなど資金移動は少なからずある。

いつもその仕事をやっているヒトが複雑骨折をして入院中なので、先月もタイヘンだったが、今月も僕が朝から清田区の銀行ATMと格闘することになった。

 

詳しく説明するのもアレだが、なにしろ入金されたばかりの金なのに、ウチの口座を温める間もなく支払いにまわさねばならない。

その作業の中でちょっと不明のことがあり、複雑骨折のヒトに電話をくれとメールを送る。病室では携帯電話の通話は禁止されているので、レストルームからの返信を少し待たねばならない。

ATMは何台も並んでいるが、気が小さいので後ろにたくさんの方がいると気になり、いったん機械を離れる。連絡をとって話が見えたので再び列に並び、ATMの前では話しながら作業を進めるがけっこう時間がかかる。

しかしATMの前で携帯電話をしながら「えーと、6、3……8……3……えっ?」とか、あーだこーだやっているのだ。ハタから見ると完全に振り込め詐欺の被害者である。

そのことに、はっと気づいた。そうすると、振り込め詐欺ではありませんからねという演技もしなければならぬ。あはは、そーなんだ、へー、いやいや。……まったく朝から疲れる。

 

そうこうするうちに、複雑骨折をしていたヒトの退院時間が迫ってきた。

2月16日に入院して以来1ヶ月半。とりあえずなのだが、ようやく退院である。

ほんとうは、銀行でまだやらねばならないことがあったが、中断して厚別区のH病院へむかう。

同室の方やナースステーションやリハビリルームで穏やかにハズバンド・スマイル。

正面玄関に横付けした洗車したてのマイカーに、複雑骨折のヒトを乗せて病院をあとにした。スーパーと佐藤水産に寄り、おもに食料品を購入。

どちらも車いすマークに駐車し、店の車いすも利用した。

 

帰宅して、1ヶ月半に及ぶ入院生活の荷物を運び整理して片付ける。

買ってきた昼食(佐藤水産のおにぎり、海鮮バーガー)をゆっくり食べた。

午後からは豊平区の銀行窓口とATMでひと仕事。今日の仕事はスタッフに引き継いでいるので、午後からも出社はない。

空を見あげると、ひきつづき天気は春のようすで気温もまずまず暖かい。

洗濯機をまわしている間に、久しぶりに走ることにした。

 

先月3日に7.5km走って以来の57日ぶりである。鼻や喉の違和感があったので、そのあと数日ランを少し控えているうちに、運命のあの日になってしまった。

2月15日、うちのカミさんが横断歩道で転んでしまったのだ。その日以来、走る気がまったく無くなってしまった。

うまく説明できないが、昨年夏、彼女が左ひざ半月板の手術で1ヶ月入院したときはそんなことはなかった。そのときは、ずうっと病んでいた膝の痛みをとるために本人が自ら決断した手術だったが、今回はそのときの術後の辛いリハビリがようやく実り、ほぼ完治に近づいていたタイミングでの転倒、緊急手術だったのだ。

本人の気持ちを考えると、僕自身の食欲もなくなるほどの衝撃的なできごとだった。

そうはいっても日々の仕事や生活もあるし、加えて出張も発生した。

けが人の見舞いや世話もある。忙しいのに自分の食事や弁当もけっこうがんばった。

貧乏性だからか、なぜか必要以上に節約もした。

けっきょく、この2ヶ月は走る気がまったくおきなかったのだ。

 

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そして今日、57日ぶりに走った。

昼下がりのサイクリングロード。春を見つけながらのんびりと走った。

小さな花のつぼみが開いていた。ふきのとうも顔をのぞかせていた。雪の下から出てきたゴミもたくさんあった。

スケートボードの少年たちが何人も遊んでいた。大学生がキャンパスを歩いていた。

向ヶ丘通に出ると、曲がろうとしているトラックの運転手さんがバックして道を譲ってくれた。FUSOのトラックに乗っていた人だ。

サングラスはしていたけれど僕は笑顔で会釈した。すると白い短髪のおじさんもニコっと会釈してくれた。

清々しい気分で走っていると、今度はすれ違った自転車の若いおじさんが「お疲れさま!」と声をかけてくれた。そんなにへろへろに見えたんだろうか。

それとも、春なのでみんな優しい気持ちになっていたのだろうか。

僕はニコニコとゴールしたのだった。10キロ走った。

 

複雑骨折したヒトは、4月になると新規移転したSクリニックで詳しい検査があり、場合によっては再入院もあるかもしれないし、両松葉杖も夏頃までは手放せない。

しかも腿の14本のボルトが入ったまま1年を過ごさねばならない。

とても満開の春が来たとはいえないのが苦しいけれど、それでも一日一日、前に進むしかないので、できるだけ笑顔で毎日を過ごそうと思う。

だが、こころはランナーだ。きっと。

ここのところ、まったく走ってない。

 

1月に100kmを超える距離を走り、2月もそのくらい走れればいいかと思ってはいたが、上旬に一日走っただけでその後は走ってない。3月に入ってからも1kmも、いや1mさえも走ってない。走れなかった。

 

もう40日近く走ってないことになる。はじめの十日ばかりは、風邪ではないけれどそれに近い体調がランを控えさせていた。ところがカミさんの骨折(2月15日)以降は、精神的にもへこみ、走る気そのものがまったくなくなってしまった。ちょうど仕事が忙しい時期に入ったのもある。一人暮らしの炊事(毎日ではないけれど弁当、夕飯づくりも)、洗濯(週一か二)、掃除(たまに)、雑用(いろいろ)。仕事は通常業務と経理等の事務や金策も。加えてカミさんの見舞いと用事たし。なんだかヘトヘト感がいっぱいで、走る気になれないのである。走ると洗濯ものが増えるし。いつもなら朝ランを楽しむ出張も、今回の道南はランの準備さえしなかった。

 

例年出場する5月の洞爺湖マラソンを走るためには、2月のトレーニングも脚づくりに必要だ。しかし幸か不幸か今年のフルは6月の函館マラソンと考えている。1ヶ月以上遅くなるので、トレーニングの遅れもまあ何とかなると思っているものの、すでに3月も中旬になっている。

 

いくらなんでも、そろそろ走らねばと思ってはいるのだが、明日もたぶん走らない。病院にも行くし、買物にも行くし、コンサドーレのホーム開幕戦だし、つまりビールも飲んじゃうし。きっと走れない。走らない。

 

でもいいのだ。だてに年をとってきたわけではない。別に強迫観念に捕われることはない。そもそも、記録を狙うこころざしがもうない。残念だが、ベストタイムを更新するとか、4時間を切るとか、昨年の自分を超えるとかそういう妄執(?)がない。走っても走らなくても、いっこうに構わない。

 

だが、こころはランナーだ。走るのが嫌いになったわけではない。もしも許されるなら大往生(?)する前日も10mくらいは走りたい気持ちがある。きっとそのうち、ふと窓から晴れた空を見て、とつぜんランニングシューズの紐をきゅっと結び、走り出しているに違いない。たぶん。