RUNだむ日記+plus!

還暦過ぎて腰も痛いので、よろよろ走ってます! RUNだむ日記【Returns!】もあります。

やさしい気持ちとやさしい春。

今日はいろいろと忙しく、あっという間に一日が過ぎた。

なにしろ月末である。

吹けば飛ぶ超零細企業でも支払いなど資金移動は少なからずある。

いつもその仕事をやっているヒトが複雑骨折をして入院中なので、先月もタイヘンだったが、今月も僕が朝から清田区の銀行ATMと格闘することになった。

 

詳しく説明するのもアレだが、なにしろ入金されたばかりの金なのに、ウチの口座を温める間もなく支払いにまわさねばならない。

その作業の中でちょっと不明のことがあり、複雑骨折のヒトに電話をくれとメールを送る。病室では携帯電話の通話は禁止されているので、レストルームからの返信を少し待たねばならない。

ATMは何台も並んでいるが、気が小さいので後ろにたくさんの方がいると気になり、いったん機械を離れる。連絡をとって話が見えたので再び列に並び、ATMの前では話しながら作業を進めるがけっこう時間がかかる。

しかしATMの前で携帯電話をしながら「えーと、6、3……8……3……えっ?」とか、あーだこーだやっているのだ。ハタから見ると完全に振り込め詐欺の被害者である。

そのことに、はっと気づいた。そうすると、振り込め詐欺ではありませんからねという演技もしなければならぬ。あはは、そーなんだ、へー、いやいや。……まったく朝から疲れる。

 

そうこうするうちに、複雑骨折をしていたヒトの退院時間が迫ってきた。

2月16日に入院して以来1ヶ月半。とりあえずなのだが、ようやく退院である。

ほんとうは、銀行でまだやらねばならないことがあったが、中断して厚別区のH病院へむかう。

同室の方やナースステーションやリハビリルームで穏やかにハズバンド・スマイル。

正面玄関に横付けした洗車したてのマイカーに、複雑骨折のヒトを乗せて病院をあとにした。スーパーと佐藤水産に寄り、おもに食料品を購入。

どちらも車いすマークに駐車し、店の車いすも利用した。

 

帰宅して、1ヶ月半に及ぶ入院生活の荷物を運び整理して片付ける。

買ってきた昼食(佐藤水産のおにぎり、海鮮バーガー)をゆっくり食べた。

午後からは豊平区の銀行窓口とATMでひと仕事。今日の仕事はスタッフに引き継いでいるので、午後からも出社はない。

空を見あげると、ひきつづき天気は春のようすで気温もまずまず暖かい。

洗濯機をまわしている間に、久しぶりに走ることにした。

 

先月3日に7.5km走って以来の57日ぶりである。鼻や喉の違和感があったので、そのあと数日ランを少し控えているうちに、運命のあの日になってしまった。

2月15日、うちのカミさんが横断歩道で転んでしまったのだ。その日以来、走る気がまったく無くなってしまった。

うまく説明できないが、昨年夏、彼女が左ひざ半月板の手術で1ヶ月入院したときはそんなことはなかった。そのときは、ずうっと病んでいた膝の痛みをとるために本人が自ら決断した手術だったが、今回はそのときの術後の辛いリハビリがようやく実り、ほぼ完治に近づいていたタイミングでの転倒、緊急手術だったのだ。

本人の気持ちを考えると、僕自身の食欲もなくなるほどの衝撃的なできごとだった。

そうはいっても日々の仕事や生活もあるし、加えて出張も発生した。

けが人の見舞いや世話もある。忙しいのに自分の食事や弁当もけっこうがんばった。

貧乏性だからか、なぜか必要以上に節約もした。

けっきょく、この2ヶ月は走る気がまったくおきなかったのだ。

 

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そして今日、57日ぶりに走った。

昼下がりのサイクリングロード。春を見つけながらのんびりと走った。

小さな花のつぼみが開いていた。ふきのとうも顔をのぞかせていた。雪の下から出てきたゴミもたくさんあった。

スケートボードの少年たちが何人も遊んでいた。大学生がキャンパスを歩いていた。

向ヶ丘通に出ると、曲がろうとしているトラックの運転手さんがバックして道を譲ってくれた。FUSOのトラックに乗っていた人だ。

サングラスはしていたけれど僕は笑顔で会釈した。すると白い短髪のおじさんもニコっと会釈してくれた。

清々しい気分で走っていると、今度はすれ違った自転車の若いおじさんが「お疲れさま!」と声をかけてくれた。そんなにへろへろに見えたんだろうか。

それとも、春なのでみんな優しい気持ちになっていたのだろうか。

僕はニコニコとゴールしたのだった。10キロ走った。

 

複雑骨折したヒトは、4月になると新規移転したSクリニックで詳しい検査があり、場合によっては再入院もあるかもしれないし、両松葉杖も夏頃までは手放せない。

しかも腿の14本のボルトが入ったまま1年を過ごさねばならない。

とても満開の春が来たとはいえないのが苦しいけれど、それでも一日一日、前に進むしかないので、できるだけ笑顔で毎日を過ごそうと思う。